スペクトラムという用語は, 数学の様々な分野で全く異なる意味で使われている。 ここでは, 安定ホモトピー論の基本的な研究対象である,
スペクトラムを考える。
Pontryagin-Thom construction により, コボルディズム群はある空間列の ホモトピー群の極限 ( colimit)
と同一視できる。 その際にスペクトラムという概念を用いると, Thom spectrum の ホモトピー群としてすっきりと表わすことができる。
この素朴なスペクトラムの定義は, Lima [Lim58; Lim59] により導入されたものである。
スペクトラムについては, 私は学生時代に Adams の [Ada74] の Part III で学んだ。この本は, 最近, TeXromancers
というグループにより \(\mathrm {\TeX }\) 化され, ここから download できるようになった。
ただし, Adams の本の Part III は, スペクトラムの homotopy category を Boardman の方法により
symmetric monoidal category として構成しているので, 初学者には敷居が高い。スペクトラムの category に
monoidal structure を構成することの難しさを実感するには良いかもしれないが。
単にコホモロジーに積を定義するだけなら, 実はスペクトラムの smash product は必要ない。結合法則等をみたす
pairing \[ E_{m}\wedge E_{n} \rarrow {} E_{m+n} \] があればよい。これについては, Brayton Gray の [Gra75] に詳しく書かれているので, 最初はこの Gray
の本を読むのが良いように思う。
日本語だと荒木の [荒木捷75] や河野と玉木の [KT06] ぐらいしかない。後者は typo が多いのでおすすめしないが。
空間レベルで考えるときには, 無限ループ空間との対応が基本的である。 よって無限ループ空間が作れれば, スペクトラムが作れたことになる。1970年代には,
そのための infinite loop machine が各種開発された。
ただし, 古典的な空間列としてのスペクトラムでは色々不都合な点があるので, 現代の安定ホモトピー論では, Elmendorf-Kriz-Mandell-May
の spectrum や symmetric spectrum などのモデルが使われている。ただ, その構成は Lima
による素朴なものよりかなり複雑になっている。
このような新しいスペクトラムのモデルについては, Dugger の [Dug22] をまず見てみるのが良いと思う。
このように, symmetric monoidal category として spectrum の圏を構築できると, それにより enrich
された small category を考えることができるようになる。それを, spectral category と呼ぶ。 Chain complex
の圏で enrich された small category, つまり dg category は, 現代の ホモロジー代数で重要な役割を果しているが,
その精密化のために spectral category を用いることもできるようになった。
(コ)ホモロジー論には, equivariant 版や twisted 版などの変種があるが, それらについても対応する spectrum
がある。 Pro-object は pro-spectrum と呼ばれ, 例えば, Kronheimerと Manolescu の [KM]
などで使われている。
鎖複体に対し, double chain complex あるいは bicomplex があるように, spectrum に対して2重次数付きの
bispectrum を考えることもできる。Garkushaと Neshitov の [GN23] で使われている。
Lima による spectrum の定義では, suspension しか使われていないので, 基点 付き空間の圏以外でも類似の構造は定義できる。そして,
motivic homotopy theory などで, 実際にそのような構成は必要とされている。
例えば, Schwede [Sch97] は pointed simplicial model category での spectrum の category
を model category として構成している。
より一般には, Hovey の [Hov01] がある。その Introduction では, “ stabilization”
の歴史についてかなり詳しく述べられている。 Hovey の論文では, Lima type の spectrum だけでなく symmetric
spectrum の類似についても定義されている。
最近では, 基点付き空間の成す \((\infty ,1)\)-category から stable \((\infty ,1)\)-category を構成し, それを spectrum の成す
\((\infty ,1)\)-category 呼ぶことが一般的になっている。文献としては, Lurie の本 [Lur] の §1.4 を挙げるべきだろう。 そこでは,
spectrum の圏の構成として (A) から (D) の方法が挙げられている。
- spectrum の stable \((\infty ,1)\)-category
その symmetric monoidal structure, つまり smash product については, §4.8.2 に書かれている。
このような枠組みを用いて最近導入された概念として Pstragowski [Pst23] の synthetic spectrum がある。
Adams-type spectral sequence を spectrum level で考えるものであり, 様々な応用がある。
References
-
[Ada74]
-
J. F. Adams. Stable homotopy and generalised homology. Chicago,
Ill.: University of Chicago Press, 1974, p. x 373.
-
[Dug22]
-
Daniel Dugger. “Stable categories and spectra via model categories”.
In: Stable categories and structured ring spectra. Vol. 69. Math.
Sci. Res. Inst. Publ. Cambridge Univ. Press, Cambridge, 2022,
pp. 75–150.
-
[GN23]
-
Grigory Garkusha and
Alexander Neshitov. “Fibrant resolutions for motivic Thom spectra”.
In: Ann. K-Theory 8.3 (2023), pp. 421–488. arXiv: 1804.07621. url:
https://doi.org/10.2140/akt.2023.8.421.
-
[Gra75]
-
Brayton Gray. Homotopy theory. An introduction to algebraic
topology, Pure and Applied Mathematics, Vol. 64. New York:
Academic Press [Harcourt Brace Jovanovich Publishers], 1975,
pp. xiii+368.
-
[Hov01]
-
Mark Hovey.
“Spectra and symmetric spectra in general model categories”. In: J.
Pure Appl. Algebra 165.1 (2001), pp. 63–127. arXiv: math/0004051.
url: http://dx.doi.org/10.1016/S0022-4049(00)00172-9.
-
[KM]
-
Peter B. Kronheimer and Ciprian Manolescu. Periodic Floer
pro-spectra from the Seiberg-Witten equations. arXiv: math/0203243.
-
[KT06]
-
Akira Kono and Dai Tamaki. Generalized cohomology. Vol. 230.
Translations of Mathematical Monographs. Translated from the 2002
Japanese edition by Tamaki, Iwanami Series in Modern Mathematics.
American Mathematical Society, Providence, RI, 2006, pp. xii+254.
isbn: 0-8218-3514-9. url: https://doi.org/10.1090/mmono/230.
-
[Lim58]
-
Elon Lages Lima. DUALITY AND POSTNIKOV INVARIANTS.
Thesis (Ph.D.)–The University of Chicago. ProQuest LLC, Ann
Arbor, MI, 1958, (no paging).
-
[Lim59]
-
Elon L. Lima. “The Spanier-Whitehead duality in new homotopy
categories”. In: Summa Brasil. Math. 4 (1959), 91–148 (1959).
-
[Lur]
-
Jacob Lurie. Higher Algebra. url:
https://www.math.ias.edu/~lurie/papers/HA.pdf.
-
[Pst23]
-
Piotr Pstragowski. “Synthetic spectra and the cellular motivic
category”. In: Invent. Math. 232.2 (2023), pp. 553–681. arXiv:
1803.01804. url: https://doi.org/10.1007/s00222-022-01173-2.
-
[Sch97]
-
Stefan Schwede. “Spectra in model categories and applications to the
algebraic cotangent complex”. In: J. Pure Appl. Algebra 120.1 (1997),
pp. 77–104. url:
https://doi.org/10.1016/S0022-4049(96)00058-8.
-
[荒木捷75]
-
荒木捷朗. 一般コホモロジー. Vol. 4. 紀伊國屋数学叢書. 東京: 紀伊國屋書店, 1975.
|