安定ホモトピー論

安定ホモトピー論の「安定」とは, suspension を取っても変わらないという意味である。 Freudenthal の suspension theorem により, suspension により得られるホモトピー群の間の写像 \[ E : \pi _{n+k}(\Sigma ^k X) \longrightarrow \pi _{n+k+1}(\Sigma ^{k+1} X) \] は, 十分大きな \(k\) に対しては同型となる。そこで, 基点付きCW複体の圏の morphism を修正し, \(X\) から \(Y\) への morphism の集合を \[ \{X, Y\} = \colim _k [\Sigma ^k X,\Sigma ^k Y]_* \] として得られる圏を考えようになった。 これが最も初等的な安定ホモトピー圏である。 その後, コボルディズム群一般 (コ) ホモロジーを安定ホモトピー圏の morphism の集合として表わすために, object をCW複体から spectrum に拡張し, spectrum の安定ホモトピー圏を考えるようになった。 この段階での文献としては, Adams の [Ada74] がある。 TeXromancers というグループにより \(\mathrm {\TeX }\) 化され, ここから download できるようになった。

私も, 学生のときはこの本で勉強したが, そこで用いられている spectrum は, Lima により導入された古いタイプの spectrum であり, symmetric monoidal category になるような smash product を定義するのが難しい。 ホモトピー圏まで落せば symmetric monoidal category になるということを証明したのは Boardman [Boa70] であったが, その内容は Adams の本に含まれている。 Boardman の preprint も, 今なら Dimitri Pavlov の website からダウンロードできるが, このことは, 安尾さんに教えてもらった。

現在では spectrum の概念がより精密化され, ホモトピー圏を取る前の「spectrum の圏」で議論できるようになった。 それにより, 代数やホモロジー代数の類似が行なえるようになっている。

そのような高度に発展した現在の安定ホモトピー論をどのように勉強したらよいか, 悩ましいところである。 Symmetric monoidal model category になっている spectrum の圏の構成を勉強するだけでも, かなりの時間と労力を要する。

とりあえず, 何が面白いのかを知ってから, 必要に応じて基本的なことを勉強していくのがよいと思う。 安定ホモトピー論の興味深い点は, 何といっても \(v_n\)周期性, つまり chromatic homotopy theory である。

まずは, Ravenel の本 [Rav03; Rav92] で概要をつかむのがよいと思う。 他には, Lurie の講義ノート [Lur] もある。 より基本的なことについては, Stonek の講義ノート [Sto] もある。 また MathOverflow の この質問に対する回答も見るとよい。

また, 安定ホモトピー圏の構成は, 位相空間や CW複体の圏の他にも拡張されている。 最も有名なものは, Voevodsky の \(A^1\)-homotopy theory などであるが, 他にも Bunke と Engel [BE20] による coarse space に対する spectrum の圏の構成もある。これらを勉強するためにも, 安定ホモトピー圏の構成を知っておいた方がよい。

ちょっと系統は違うが, Meyer-Nest の Kasparov categorynoncommutative stable homotopy theory と見なすことを提案しているのは, Kontsevich [Kon09] である。

CW複体や spectrum の安定ホモトピー圏は, 純粋に代数的に chain complex の圏から構成される derived category とよく似た性質を持ち, それらを抽象化した概念である triangulated category の重要な例となっている。 当然であるが, 安定ホモトピー論と derived category の双方に関係する研究も色々行なわれるようになっている。 そのような視点を持った人の代表は Neeman だろうか。例えば, [Nee92a; Nee92b] など。 D. Stanley の [Sta10] や Kiessling の [Kie09; Kie12] などもその流れでと言えるだろうか。

最近では, より精密な議論をするために triangulated category ではなく, その元になっている構造, つまり enhanced triangulated category で議論することも多い。

ホモトピー論的な枠組みとしては stable model categorystable \(\infty \)-category というものがあるが, derived category を使っている人達の間では, dg category など, より単純な構造が用いられている。

Dwyer と Palmieri が [DP08] で書いているように, 安定ホモトピー論と derived category の研究の関係としては二種類ある。 一つは, derived category を調べる際に安定ホモトピー圏を調べるために開発された手法を使うこと。 もう一つは, 非常に複雑な spectrum の安定ホモトピー圏を調べる方法を模索するためのテストケースとしての derived category である。

他の話題としては, 群の作用を持つ空間の安定ホモトピー論も重要である。

References

[Ada74]

J. F. Adams. Stable homotopy and generalised homology. Chicago, Ill.: University of Chicago Press, 1974, p. x 373.

[BE20]

Ulrich Bunke and Alexander Engel. Homotopy theory with bornological coarse spaces. Vol. 2269. Lecture Notes in Mathematics. Springer, Cham, [2020] ©2020, pp. vii+243. isbn: 978-3-030-51335-1; 978-3-030-51334-4. arXiv: 1607 . 03657. url: https://doi.org/10.1007/978-3-030-51335-1.

[Boa70]

J. Michael Boardman. “Stable Homotopy Theory”. preprint, University of Warwick and Johns Hopkins University. 1965–1970. url: https://dmitripavlov.org/scans/boardman.pdf.

[DP08]

W. G. Dwyer and J. H. Palmieri. “The Bousfield lattice for truncated polynomial algebras”. In: Homology Homotopy Appl. 10.1 (2008), pp. 413–436. arXiv: 0802.1509.

[Kie09]

Jonas Kiessling. “Classification of certain cellular classes of chain complexes”. In: Israel J. Math. 174 (2009), pp. 179–188. arXiv: 0801. 3904. url: https://doi.org/10.1007/s11856-009-0108-8.

[Kie12]

Jonas Kiessling. “Properties of cellular classes of chain complexes”. In: Israel J. Math. 191.1 (2012), pp. 483–505. arXiv: 0802.0108. url: https://doi.org/10.1007/s11856-012-0002-7.

[Kon09]

Maxim Kontsevich. “Notes on motives in finite characteristic”. In: Algebra, arithmetic, and geometry: in honor of Yu. I. Manin. Vol. II. Vol. 270. Progr. Math. Boston, MA: Birkhäuser Boston Inc., 2009, pp. 213–247. arXiv: math / 0702206. url: http://dx.doi.org/10.1007/978-0-8176-4747-6_7.

[Lur]

Jacob Lurie. Chromatic Homotopy Theory. Course website for 252x (offered Spring 2010 at Harvard). url: https://www.math.ias.edu/~lurie/252x.html.

[Nee92a]

Amnon Neeman. “The Brown representability theorem and phantomless triangulated categories”. In: J. Algebra 151.1 (1992), pp. 118–155. url: http://dx.doi.org/10.1016/0021-8693(92)90135-9.

[Nee92b]

Amnon Neeman. “The chromatic tower for \(D(R)\)”. In: Topology 31.3 (1992). With an appendix by Marcel Bökstedt, pp. 519–532. url: http://dx.doi.org/10.1016/0040-9383(92)90047-L.

[Rav03]

Douglas C. Ravenel. Complex Cobordism and Stable Homotopy Groups of Spheres. 2nd ed. American Mathematical Society, Nov. 2003. isbn: 9780821829677.

[Rav92]

Douglas C. Ravenel. Nilpotence and periodicity in stable homotopy theory. Vol. 128. Annals of Mathematics Studies. Appendix C by Jeff Smith. Princeton, NJ: Princeton University Press, 1992, pp. xiv+209. isbn: 0-691-02572-X.

[Sta10]

Don Stanley. “Invariants of \(t\)-structures and classification of nullity classes”. In: Adv. Math. 224.6 (2010), pp. 2662–2689. arXiv: math/ 0602252. url: https://doi.org/10.1016/j.aim.2010.02.016.

[Sto]

Bruno Stonek. Introduction to stable homotopy theory. url: http://bruno.stonek.com/stable-homotopy-2022/stable-online.pdf.