スペクトラムについては, どのように勉強するのがいいのだろうか。 現在では, EKMMのスペクトラムや symmetric spectrum
や orthogonal spectrum のように洗練された, つまり symmetric symmetric monoidal model
category になるスペクトラムの圏の構成があるので, 単に使うだけなら, そのような圏の存在を仮定して最近の文献を読んでみるのもいいだろう。
もちろん, スペクトラムの存在意義を理解するためには, やはり, その起源から辿って勉強した方がよい。 スペクトラムが登場する文脈として,
代表的なのは, Brown の表現可能性定理と cobordism のホモトピー群としての表示である。
Brown の表現可能性定理を用いると, コホモロジーが, \(\Omega \) スペクトラムで表現される。 また, cobordism 群は Lima
の意味のスペクトラム [Lim59] を用いて, ホモトピー群として表すことができる。
正確な定義および関連した概念の定義については, Gray の本 [Gra75] を見るのが良いと思う。
ただし, \(\Omega \)スペクトラムの定義では, 写像 \(\varepsilon : E_{n}\to \Omega E_{n+1}\) に課す条件が, 文献によって様々であるので注意する必要がある。 (コ)ホモロジーのためには
弱ホモトピー同値でよいのだが, ホモトピー同値を要求している文献も多い。 また May のように同相写像であることを要求している人もいる。
古典的なスペクトラムへのアプローチとしては, Lima のスペクトラムと \(\Omega \)スペクトラムが基本的であるが, Kan
によるもう一つのアプローチもある。 Kan [Kan63] の simplicial アプローチである。 例えば, Ken Brown の [Bro73]
で用いられている。
基本的なスペクトラムとしては以下のものがある。
スペクトラム \(E\) で表現されるコホモロジーに積を定義するためには, \[ E_{m}\wedge E_{n} \rarrow {} E_{m+n} \] という形の写像の族で, スペクトラムの構造写像 \(\varepsilon : E_{n}\wedge S^{1}\to E_{n+1}\) と compatible
であり, 単位元に対応する写像族 \(i_{n}:S^{n}\to E_{n}\) があり, 単位元と結合法則に関する条件をみたすものがあればよい。 より一般に \[ E_{m}\wedge F_{n} \rarrow {} G_{m+n} \] という形の写像で,
同様の条件をみたすものをスペクトラムの pairing という。
これについては, Gray の本 [Gra75] が詳しい。 コホモロジーに積を定義するだけなら, これで十分である。
もっとも, スペクトラム自体を扱うときには, スペクトラムを構成する個別の空間を使うのは良くない。 例えば \(E=\{\ldots , E_{2n}, E_{2n+1}, E_{2n+2}, \ldots \}\) と \(\{\ldots , E_{2n}, \Sigma E_{2n}, E_{2n+2}, \ldots \}\) のような “cofinal”
なものは同一視すべきだからである。
そこで, 2つのスペクトラム \(E\) と \(F\) から, その smash 積と呼ぶべきスペクトラム \(E\wedge F\) を定義しようということが, 古くから考えられてきた。
それに成功したのは Boardman で, thesis で ホモトピー圏に落すと symmetric monoidal category
になるスペクトラムの圏を構成した。 これについては, Adams の本 [Ada74] の Part III に書かれている。
しかしながら, ホモトピー圏まで落さないと smash 積が定義されないのは不便である。 空間と同様の構成をスペクトラムに対し行なうことが難しいからである。
環スペクトラムの概念を定義するのも難しい。
そこで, May は 1970年代の終わりから80年代にかけて, \(E_{\infty }\)-ring spectrum などの概念を導入した。 その後, May
は Elmendorf と Kriz と Mandell と共に [Elm+97] でそれを発展させて,スペクトラムのレベルでの
smash 積を含め, より扱い易いスペクトラムの圏を構成したが, 完成したのは20世紀も終わりに近づいたころだった。このことからも,
スペクトラムの圏の構築がどれだけ大変だったかが分かるだろう。
環が, Abel群のなす monoidal category での monoid object として定義されるように, これらの monoidal
model category での monoid object を環スペクトラム (ring spectrum), そして commutative
monoid object を可換環スペクトラム (commutative ring spectrum) と呼ぶのは自然だろう。ただし,
スペクトラムの積の可換性を扱うときは注意が必要であるが。
References
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[Ada74]
-
J. F. Adams. Stable homotopy and generalised homology. Chicago,
Ill.: University of Chicago Press, 1974, p. x 373.
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[Bro73]
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Kenneth S. Brown. “Abstract homotopy theory and generalized
sheaf cohomology”. In: Trans. Amer. Math. Soc. 186 (1973),
pp. 419–458. url: https://doi.org/10.2307/1996573.
-
[Elm+97]
-
A. D. Elmendorf, I. Kriz, M. A. Mandell, and J. P. May. Rings,
modules,
and algebras in stable homotopy theory. Vol. 47. Mathematical
Surveys and Monographs. With an appendix by M. Cole. American
Mathematical Society, Providence, RI, 1997, pp. xii+249. isbn:
0-8218-0638-6. url: https://doi.org/10.1090/surv/047.
-
[Gra75]
-
Brayton Gray. Homotopy theory. An introduction to algebraic
topology, Pure and Applied Mathematics, Vol. 64. New York:
Academic Press [Harcourt Brace Jovanovich Publishers], 1975,
pp. xiii+368.
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[Kan63]
-
Daniel M. Kan.
“Semisimplicial spectra”. In: Illinois J. Math. 7 (1963), pp. 463–478.
url: http://projecteuclid.org/euclid.ijm/1255644953.
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[Lim59]
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Elon L. Lima. “The Spanier-Whitehead duality in new homotopy
categories”. In: Summa Brasil. Math. 4 (1959), 91–148 (1959).
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