物理学とそれに関連した数学

物理学に関する話題は挙げ始めるときりがない。 古い時代のことはよく知らないが, Donaldson が Yang-Mills 理論を使ったことでトポロジーの研究者が物理に注目し始めたのは確かだろう。 そして, その後の物理と数学の相互関係には, Witten の登場が決定的だったことは言うまでもない。

物理と数学の関係についての解説も色々あるが, どんどん新しい関係や視点が発見されているので, なるべく新しいものを読むべきだろう。最近では Greg Moore の String 2014 の “vision talk” の lecture note [Moo14a] やアメリカ物理学会の Savannah meeting (2014年4月5日) での講演 [Moo14b] がある。 物理学が 数論代数幾何学のような, 純粋数学の代表のような分野にも影響を与えているのは驚くべきこと, だと思うが, そのような物理に触発されて発展した数学のことを, Moore は physical mathematics と呼んでいる。

  • physical mathematics

その本質は, 次の Moore の lecture note の文章でよく表されていると思う。

If a physical insight leads to a significant new result in mathematics, that is considered a success. It is a success just as profound and notable as an experimental confirmation from a laboratory of a theoretical prediction of a peak or trough. For example, the discovery of a new and powerful invariant of four-dimensional manifolds is a vindication just as satisfying as the discovery of a new particle.

その physical mathematics の 2022年での状況について, Moore や Freed らが [Bah+] というものを書いている。そこでは physmatics という表現も登場する。この用語は, Zaslow [Zas] によるもののようである。数学の道具を使って物理をやるのが mathematical physics, 物理の研究に触発された数学の問題を考えるのが physical mathmatics, そして数学と物理が対等なパートナーとしてお互いに刺激し合いながら発展していく関係を, Zaslow は physmatics と呼びたいようである。

  • physmatics

Twisted \(K\)-theory をはじめ, 代数的トポロジーの道具もどんどん使われるようになっている。Freed と Moore による topological phase に関する論文 [FM13] は

Increasingly sophisticated ideas from homotopy theory are being used to elucidate issues in quantum field theory and string theory.

という文章で始まっている。Freed と Moore の使っているのも twisted \(K\)-theory であるが, Freed の [Fre08] では, よりホモトピー論的 (?)な, \(\mathrm {Sq}^1\mathrm {Sq}^2\) による two stage Postnikov system が使われている。

逆に, 数学の人間が物理を勉強しようとすると, 基本的なことが数学的にキチンと定義されていないことが障壁になる。 ホモトピー論をある程度知っている人には, この\(n\)-Category Caféの記事で紹介されている Paugam の本 (執筆中) がよいかもしれない。Sati と Schreiber の quantum field theory の解説 [SS] に様々な文献が挙げられているので, その辺が手掛かりになるかもしれない。

この Sati と Schreiber の解説 によると, quantum field theory には, Atiyah による cobordism category からの functor としての formulation (Sati と Schreiber は functorial quantum field theory と呼んでいる) の他に algebraic quantum field theory という formulation もある。

現在ではarXivには Quantum Algebra (math.QA) という分野 もできているが, それが何を意味するかは, 私にはよく分からない。 Vertex operator algebraquantum group, そして(代数的な) operadもこれに含まれるようである。

トポロジーとの関連で有名なのは, 上記の Donaldson や Witten の仕事であるが, それ以外にも色々ありそうで, あまりそのような大きな流れに惑わされない方がよいように思う。 例えば, Benedetti と Ziegler の [BZ11] によると, quantum gravity を単体的複体上で考えるというアイデアもあるようである。 統計物理に現われるモデルも数学的に面白いものが多い。

物性物理学の理論面でも面白い数学的構造が現れるようである。

数理物理からの影響は数学への問題の供給だけには留まらず, 数学の方法そのものも次第に変化してきている, ようである。つまり, 厳密な定義に基づいて論理的に議論を展開していなくても, 革新的なアイデアがあれば論文として評価する, という具合に, である。 もちろん, この傾向を快く思わない数学者も多いことは確かである。 これについては, Bulletin of A.M.S. に掲載された Authur Jaffe と Frank Quinn の論説 [JQ93] とそれに対する反論 [Aa94] を読むと面白い。更に Jaffe と Quinn からの反論 [JQ94] やThurston の [Thu94] もある。

References

[Aa94]

Michael Atiyah and et al. “Responses to: A. Jaffe and F. Quinn, “Theoretical mathematics: toward a cultural synthesis of mathematics and theoretical physics” [Bull. Amer. Math. Soc. (N.S.) 29 (1993), no. 1, 1–13; MR1202292 (94h:00007)]”. In: Bull. Amer. Math. Soc. (N.S.) 30.2 (1994), pp. 178–207. url: http://dx.doi.org/10.1090/S0273-0979-1994-00503-8.

[Bah+]

Ibrahima Bah et al. A Panorama Of Physical Mathematics c. 2022. arXiv: 2211.04467.

[BZ11]

Bruno Benedetti and Günter M. Ziegler. “On locally constructible spheres and balls”. In: Acta Math. 206.2 (2011), pp. 205–243. arXiv: 0902.0436. url: http://dx.doi.org/10.1007/s11511-011-0062-2.

[FM13]

Daniel S. Freed and Gregory W. Moore. “Twisted Equivariant Matter”. In: Ann. Henri Poincaré 14.8 (2013), pp. 1927–2023. arXiv: 1208.5055. url: http://dx.doi.org/10.1007/s00023-013-0236-x.

[Fre08]

Daniel S. Freed. “Pions and generalized cohomology”. In: J. Differential Geom. 80.1 (2008), pp. 45–77. arXiv: hep-th/0607134. url: http://projecteuclid.org/euclid.jdg/1217361066.

[JQ93]

Arthur Jaffe and Frank Quinn. ““Theoretical mathematics”: toward a cultural synthesis of mathematics and theoretical physics”. In: Bull. Amer. Math. Soc. (N.S.) 29.1 (1993), pp. 1–13. url: http://dx.doi.org/10.1090/S0273-0979-1993-00413-0.

[JQ94]

Arthur Jaffe and Frank Quinn. “Response to: “Responses to: A. Jaffe and F. Quinn, ‘Theoretical mathematics: toward a cultural synthesis of mathematics and theoretical physics’ ” [Bull. Amer. Math. Soc. (N.S.) 30 (1994), no. 2, 178–207; MR1254073 (95b:00003)] by M. Atiyah et al”. In: Bull. Amer. Math. Soc. (N.S.) 30.2 (1994), pp. 208–211. url: http://dx.doi.org/10.1090/S0273-0979-1994-00506-3.

[Moo14a]

Gregory W. Moore. Physical Mathematics and the Future. Summary of talks at String2014. 2014. url: https://www.physics.rutgers.edu/~gmoore/PhysicalMathematicsAndFuture.pdf.

[Moo14b]

Gregory W. Moore. Some Comments on Physical Mathematics. Acommpanying text for a talk delivered at the APS Savannah meeting, April 5, 2014. 2014. url: https://www.physics.rutgers.edu/~gmoore/HeinemanEssay.pdf.

[SS]

Hisham Sati and Urs Schreiber. Survey of mathematical foundations of QFT and perturbative string theory. arXiv: 1109.0955.

[Thu94]

William P. Thurston. “On proof and progress in mathematics”. In: Bull. Amer. Math. Soc. (N.S.) 30.2 (1994), pp. 161–177. url: http://dx.doi.org/10.1090/S0273-0979-1994-00502-6.

[Zas]

Eric Zaslow. Physmatics. arXiv: physics/0506153.