単体的複体や simplicial set から, それを構成している 単体を貼り合せ, 1つの空間を作る方法を幾何学的実現 (geometric
realization) という。
単体的複体には, Euclidean, abstract, ordered の3種類があるが, それぞれに幾何学的実現がある。 また, abstract
simplicial complex (よって ordered simplicial complex) には, 更にいくつかの方法がある。
有限単体的複体の場合は, 頂点を十分高い次元の Euclid空間に affine 独立な点として埋め込んで,
それらを結んで作ることができる。直感的に分かりやすいが, functorial でない, という欠点がある。Euclid空間の代りに, 頂点の集合から \([0,1]\)
への写像の成す空間を使うと functorial にできる。 Ordered simplicial complex の場合は, 頂点に順序が付いているので,
それに従って単体を貼り合せて定義することができる。
他には, 確率論に触発された幾何学的実現が Ivan Marin [Mar20] により導入されているが,
他の幾何学的実現と比べどのような利点があるのだろうか。
Ordered simplicial complex の幾何学的実現の定義は, そのまま semisimplicial set (\(\Delta \)-set) に使える。
Semisimplicial set \(X\) を functor \(\Delta _{\mathrm {inj}}^{\mathrm {op}}\to \category {Set}\) とみなすと, 幾何学的実現を coend として表すことができる。 そして, \(\Delta _{\mathrm {inj}}\) を \(\Delta \) に変えるだけで,
simplicial set や simplicial space の幾何学的実現の定義になる。
幾何学的実現を理解するには, このように \[ \text {ordered simplicial complex} \Longrightarrow \text {semisiplicial set} \Longrightarrow \text {simplicial set} \Longrightarrow \text {simplicial space} \] の順に勉強するのが良いと思う。
Simplicial space の幾何学的実現が最初に explicit に述べられたのは, Segal の [Seg68] だろうか。Segal は
“all the ideas are implicit in the work of Grothendieck” と言っているが。 その性質は, Segal の
[Seg74] の Appendix にまとめられている。
Segal の論文の appendix では, degeneracy を用いない fat realization \(\|X_{\bullet }\|\) について詳しく述べられている。
その中でも重要な性質は以下のものである。
- \(f:X_{\bullet }\to Y_{\bullet }\) が simplicial space の morphismで, 各 \(n\) で \(f_n :X_n\to Y_n\)がホモトピー同値であるなら, fat realization
に誘導された写像 \[ \|f\| : \|X_{\bullet }\| \longrightarrow \|Y_{\bullet }\| \] はホモトピー同値である。
- 各 \(n\) について, \[ sX_n = \bigcup _{i=0}^{n}s_i(X_{n-1}) \] とおく。もし全ての \(n\) に対し包含写像 \(sX_n\hookrightarrow X_n\) が cofibration ならば, 自然な射影 \[ \|X_{\bullet }\| \longrightarrow |X_{\bullet }| \] はホモトピー同値になる。
後者については, Segal の論文にも説明はあるが, tom Dieck の [Die74] にも証明がある。
このように, fat realization は良い性質を持つので simplicial space から degeneracy
を除いたものも様々な分野に登場し, \(\Delta \)-space や semisimplicial space などと呼ばれている。
ホモトピー同値の他に, simplicial space の間の morphism \(f:X_{\bullet }\to Y_{\bullet }\) が誘導する写像 \(|f|:|X|\to |Y|\) が, いつ cofibration になるか,
fibration になるか, というのは重要な問題である。
Cofibration については, Angelini-Knoll と Salch の [AS] の Introduction と,
そこに挙げられている文献を見るとよい。 彼等の目的は, symmetric spectrum の圏で同様の問題を考えることであるが。
幾何学的実現が fibration になるための条件については, universal principal \(G\)-bundle \[ EG \longrightarrow BG \] の構成と関連して調べられている。
より一般に, monoid \(G\) が空間 \(X\) と \(Y\) にそれぞれ右と左から作用しているとき, 幾何学的 bar construction \(B_{\bullet }(X,G,Y)\) と呼ばれる
simplicial space が定義される。
-
幾何学的 bar construction の定義
- \(G\) とその単位元の組 \((G,\{e\})\) が strong NDR pair であり, \(\pi _0(G)\) が群ならば, 次の列は quasifibration である。 \[ Y \longrightarrow |B_{\bullet }(X,G,Y)| \longrightarrow |B_{\bullet }(X,G,\ast )| \]
- \(|B_{\bullet }(X,G,G)| \relation {\simeq }{w} X \relation {\simeq }{w} |B_{\bullet }(G,G,X)|\)
幾何学的bar構成を用いると, \(EG\) も \(BG\) も共に simplicial space の幾何学的実現として構成できるし, projection も
simplicial map の幾何学的実現になっている。
より一般に simplicial space の間の morphism の幾何学的実現を取ったとき fibration ( quasifibration)
になるための条件を求めることは重要である。 これについては以下のものがある。
Anderson は, 実際には bisimplicial set で議論をしている。 位相空間と simplicial set の対応で,
simplicial space に対応するのが bisimplicial set だからである。
May は [May72] で operad による 多重ループ空間の特徴付けを行なった際に, two-sided bar construction
の一般化を定義し用いている。
- 位相空間の圏における monad \(C\)と \(C\)-functor \(F\)と\(C\)-algebra \(X\)に対し, two-sided bar construction \(B(F,C,X)\)
幾何学的実現の位相空間としての性質を調べたものはあまりなかった。 古い文献だと, Segal の [Seg74] で次のことが述べられている。
- Simplicial space \(X_{\bullet }\) について, \(X_0\) が可縮ならば, その幾何学的実現 \(|X_{\bullet }|\) は可縮な部分集合による numerable な被覆
を持つ。
最近では, de Seguins-Pazzis の [Seg13] がある。 そこでは, 各 \(X_n\) が Hausdorff である simplicial
space \(X_{\bullet }\) の geometric realization が Hausdorff であることが示されている。 このようなことが,
つい最近まで知られていなかったとは驚きである。
- Hausdorff simplicial space の geometric realization は Hausdorff
de Seguins-Pazzis の結果の系として, compactly generated Hausdorff simplicial space
の幾何学的実現が compactly generated Hausdorff になることがわかる。これは, Segal の [Seg68] の §1
の最後で述べられていることである。
- compactly generated Hausdorff simplicial space の幾何学的実現は, compactly
generated
de Seguins-Pazzis によると, compactly generated weak Hausdorff simplicial space
の幾何学的実現が compactly generated weak Hausdorff であることは, G. Lewis の thesis の
appendix に書いてあるらしい。
Bisimplicial set の場合は, diagonal simplicial set が幾何学的実現に対応する。
全く異なるアプローチとして, Drinfel\('\)d [Dri04] と Besser [Bes] と Grayson が独立に発見した構成がある。Grayson
のは ここから download できる。
- Besser-Drinfel\('\)d-Grayson realization
この方法の利点は, 幾何学的実現と直積が可換であるなど, 幾何学的実現の性質が簡単に証明できることである。 更にこの構成を見直したものとして,
Gavrilovich と Pimenov の [GP] がある。 確率論で使われるらしい Skorokhod space
と関連付けて位相を定義しているのが面白い。
- Gavrilovich-Pimenov realization
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